2022年06月01日
利根歯科診療所
歯科医長
関口悠紀
人間にとって食事を摂るとはどういうものでしょうか。
「衣・食・住」というように、生活する上で基本となるものの一つが食事です。
それは生きていく上で必要な栄養を摂る行為であり、人生の楽しみという側面もあります。
昨今はコロナ禍ということもあり、難しくなっていますが、親族や友人との会食はコミュニケーションを取る上で大切な役割をしています。
「食事」は繊細な運動の繰り返し
「食事」という運動を細かく分けて見てみると、まず食事の認識から始まります。ここでは目で見て香りを嗅ぎ、「あ、これは食べ物なんだな。美味しそうだな。」と食べ物であることを認識します。
認識の次には食事の取り込みです。唇を開け、舌などのお口周りの筋肉(口腔周囲筋)で食材を移送、歯を使って食材を細かくしていきます。この時、味を感じ、唾液が出て、噛み砕いた食材をまとめていきます。この一つにまとまった形が飲み込める形としてとても大切です。
飲み込める形に加工された食材は喉(咽頭:いんとう)に送られます。
咽頭は、上は鼻、下は気管と食道に分岐しています。放っておけば鼻や口に逆流し気管にも入ってしまう食材を、確実に食道へ送り込むのが咽頭の役割です。気管に空気以外のものが入ってしまうことを誤嚥と言います。
咽頭の形は人それぞれ個性的な形をしています。単純な筒状では無く、大小の凹凸があります。この凹凸が食材の流れを堰き止め、流れの速度を落とし、食材を誘導し確実に食道へと送り込むのです。
普段あまりにも当たり前に行っている食事ですが、その運動を分析すると、とても繊細なものであることが分かります。運動や構造の一つ一つが誤嚥を防止するために働いています。
お口の役割
この繊細な一連の運動の中で、お口の役割は、端的に言って食材を嚥下食へ加工することです。
この時、舌や口唇などの口腔周囲筋が十分に動かなければ、また、虫歯や歯槽膿漏の痛みでしっかり噛むことができなければ、唾液が十分に出なければ、入れ歯が上手に使用できなければ、十分に嚥下できる形にすることが難しくなります。
その場合は個別に対策を練って安全に飲み込める環境を整える必要があります。
まとまっていない食材を人間が飲み込むのはなかなか大変です。粉の小麦粉をそのまま吸い込んだ時の感覚を考えると分かりやすいと思いますが、大抵の方はむせこんでしまうと思います。(注:危険なので実際にやらないようにしてください。)
まとまっていない食事は咽頭でバラけて上手に飲み込めないのです。
人間がむせこむ理由は、食材や水など空気以外の物体が気管に近づいた事に対する防御反応です。
頻繁にむせやすくなっている方は、お口や咽頭の運動、食事の取り方、姿勢などのバランスが崩れ、嚥下に不具合を生じている可能性が高いと考えられます。つまり誤嚥の危険性が高いということです。
摂食嚥下障害について
嚥下がうまくできないことを嚥下障害、食事の取り込みの障害と併せて摂食嚥下障害と言います。
摂食嚥下障害は、今では知られるようになった誤嚥性肺炎や窒息、それを恐れることで生じる栄養障害や脱水の原因となります。
歯科では、歯や歯茎の状態を確認し治療を行なっていますが、同じように口腔周囲筋の検査、トレーニングも行っています。また食事がしっかり飲み込めているか確認するための検査として内視鏡を用いて咽頭内部を確認する、嚥下内視鏡検査(VE)を実施しています。
内視鏡と聞くと大掛かりでなにやら怖いもののように感じる方もいますが、細いカメラで咽頭の中を見るだけのものです。違和感はありますが大きな苦痛を伴うものではありません。(図1)
早期発見で防止しましょう
摂食嚥下障害はご自身では自覚できないまま進行することが多く、早期の発見が、その後の誤嚥性肺炎や窒息を防止することにつながります。
摂食嚥下の分野は現在発展途上です。様々な説が入り混じり患者様の立場からは、どの情報が正しいのかわからなくなることも多いと思います。
最後に
利根歯科診療所で口腔周囲筋のトレーニングとして行っている「あいうべ体操」を紹介します。(図2)
あいうべ体操は福岡県の内科医、みらいクリニック院長今井一彰医師が考案されたお口の体操です。
口呼吸を鼻呼吸に改善することを目的に作られた体操です。舌や口唇をはじめとした口腔周囲筋のトレーニングになり、摂食嚥下運動の改善にも効果的と考えます。
道具を必要とせず簡単に行えるのでいつでも始められます。1日30回を目標にやってみてください。
ご自身の嚥下の能力、お口や咽頭の現状を知ることは摂食嚥下障害への対策の一歩です。
原因不明のむせや食欲不振、痩せなどでお困りの方はぜひご相談ください。専門的な検査、対策で皆様の疑問や不安にお答えしたいと思います。